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■19世紀
1789年のフランス革命は華麗をきわめたロココ文化に終止符を打ちました。 が、これより先十八世紀の中頃から始められていたへルクラネウムとボンベイの発掘が古代文化に対する非常な関心を全ヨーロッパに与えて、その影響がロココに 続く次のスタイルを徐々に形造っていたのです。

ロココの仰々しさにあきてきた人々が、この簡素でさっぱりした古代ギリシア、 ローマのスタイルにひかれたのは当然といえましょう。

1804年から20年にかけての婦人の服装には「エンパイアスタイル」の名がつけられましたが、 これは一八〇〇年直前後の古代風の形の完成されたスタイルとみられています。
婦人帽で多数を占めているのはボンネットです。顔がすっかり隠れてしまうはど大きな前ブリムのついたポークボンネット(poke bonnet)は特に目をひきますが、 その他ヘルメット風、キャスケット風、キャップ風と種類は豊富です。

材料は、サテン、ベルベット、シルク、シルクプリユシユ、モスリン、リネン、 チエール、レース、クレープ、ストローと、これもまたいろいろで、色は黒、自、 さくらんば色、プアイオレット、深緑などです。

いずれも帽子の両横についている長い巾広リボンを顎下で結んでかざりました。 ターバンとそれに似たかぶりものも、イブニング用に多く用いられましたが、 これはナポレオンのエジプト遠征の影響を受けていると考えられます。

男子帽では、ビーバーハットとビコーン(bicorn)が主体となっています。 ビコーンはバロック、ロココに用いられたトリコーンの角が一つなくなった二角帽子です。 フランス革命時代盛んに用いられ、ナポレオンの帽子としても有名です。

その後十九世紀末まで巾広くかぶられました。左右に角を置くかぶり方は将官や憲兵、 前後に長くかぶるのは学士院会員、大使、羽根鋳りのないのは学生やスポーツ用などと、 国により職業や階級、用途別にデザインされています。

1820年から50年にかけて、男子帽の大部分を占めたのはシルクハットです。 シルクハット(silk hat)は、これまで用いられていた高価なビーバーハットの 代替品として1800年代の初めに考案されたもので、最初は原紙に絹織物を張付けただけの ものでしたが、1830年に、布の芯地にシルクプリユシュを張る方法に改良されました。 別名をシルカ、トッバー、トップハットあるいはシリンダーとよばれます。
グレイと白は昼用として、夜は黒を用いました。後の山高帽と同様、初めは礼服としてではなく、 乗馬その他のスポーツ用の帽子で、現在でもイギリスのアスコットダービIに集まる上流社会の人々の問では、黒やグレーのこの帽子がかぶられます。
婦人帽ではターバンはイブニング用の最もポピュラーなかぶりものでした。既婚婦人のターバンには高価なプロケードや白の カシミヤ、模様入りゴーズにパールやスパングルを縫い止めたものがあり、また昼用の黒シルク製もあります。

ディナーパーティやオペラ見物の帽子として、オーストリッチの長い羽根を幾本も使ったキャプリンがありますが、これはドイツのハンブルグから起こって流行したといわれています。

スパニッシュ風トークはフォーマルな装いのかぶりもので、材質は白サテンです。 金糸銀糸の刺繍やオーストリッチの羽根、レースやシルクのラップで飾られています。

1830年頃から乗馬が一般化されてきましたが、これには紳士のシルクハットと同型の帽子にジョーゼットを長くなびかせたダンディなスタイルがあり、ジョッキーキャップ(jockey cap)や 大型ベレーのタモシヤンター(tam-o-shanter)も用いました。

巾広ブリムのボンネットは引続きたくさんみられます。顎の下に大きな蝶結びのリボンをつけてほはをすっかり包んだチャーミングなビビ(bibi)、首の後にサテンのフリルをつけた カーテンボンネットなどの名前があります。

19世紀の後半に入ると、ボンネットは次第に小型になり、50年頃スカートがロココのパニエのように再び大きく広げられますと.頭もまたロココと同じようになるべく小さく見せるように なりました。

カポート(capote)
後にとんがりのある三角型の小さいボンネット。レースの緑飾りや造花がついています。

ドロンボンネット(drowh bonnet)
老婦人に用いられた黒いシルクやレース製のボンネット。

エンプレスハット(empress)またはエージエニーハット
ブリムの片方、あるいは両横が巻き上った小さいボンネット。 エージエーニはスペインで生まれナポレオン三世の皇后となった美しい人で、 ヨーロッパファッションのリーダーでした。ユージエニーハットの名は20世紀に なって生まれました。

ファンション(fanchon)
ビビとともにたいへん流行したボンネット。ベルベット、サテン、クレープ、レースなどで 作られ、必ずリボンや羽根、造花や木の実などが飾られて、顎下にはリボン結びがつきました。
ユージェニーベール
スペインから入った黒いレースのフード。

フラット(flate)とレグホーン(leghorn)
ストロー製の日除けや乗馬の帽子。

ポークパイ(poke pie)、ワットーハット(watteduhat)
どちらもバラの花や羽根を飾った角ばって平たい小さな帽子。
1860年頃からヘアースタイルがだんだん大きくなり、美しいウェトンやロールの髪型を生かすために、 帽子は頭にのっているだけというスタイルがはとんどです。その小さい帽子には、ベルベットリボンや 造花、羽毛がたくさんつけられています。

リンガーキャップ(lingerie cap)
円型レースのたいへん小さい帽子で、はじめは室内用でしたが、イブニング用や散歩のためには サテンやレース製、ベルベットにレースの縁どりつきなどがあります。

1880年代に入りますと、ボンバドールスタイルと、プリーツしたレースをたくさんつけたフォンタンジユ風スタイルがあらわれて、シンプルな紳士帽と対照的な華やかさをみせています。
後半期の紳士帽には、シルクハットと山高帽の他に、カジュアルなタウンハットやスポーツハットがいろいろ出てきました。

山高帽は一八五〇年にイギリスの ウイリアム・ポーラーのデザインによって生まれたもので、ボーラーハット(bowler)の名があります。色は黒、ねずみ、茶があり、イギリスでは乗馬の時これをかぶる習慣が あったので、ダービーハットの名もあります。

日本にも慶応2年頃輸入されました。はじめはごく一部の々匂士だけのものでしたが、1872年(明治五年)大礼服制の改正が公布されてから大流行となり、そのためイギリスからの 輸入額は膨大な数に上がりました。 時の渋沢栄三、益田考など財界知名の人々がこれを憂えて創立したのが東京帽子株式会社、 今の東京ハットということです。
イギリス人技師二人を招いて山高帽子の製造がはじめられたのが1890年、いよいよ絹本の帽子作りが本格的に開始されたわけです。

1811年アメリカ陸軍大将のビコーン、金のコードと重い金のフサ飾り付き。

フランスで乗馬に用いたタモシャッタープラム色のベルベットに絹のコード飾り。

トップハット(シルクハット)グレイあるいはベージュ、黒などがあった。 ファッション・レースとビーズで縁飾りをしたシルク製。

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